20260713
「 」に始まり「 」に終わる
ある日突然、考えたこと。

image 「礼に始まり礼に終わる」
 武道や芸事、広くすれば日本文化をそう言い表しているのを見かける。その言葉を見かける度に、高尚なことをしているとでも言いたげな、安易な常套句のように感じていた。
 そもそも「礼」って何だろう。形だけをいえば頭を下げることで、弓道の射礼においても、入退場・定めの座・本座とそれぞれに始めと終わりに礼(揖)があり、入れ子状態になっている。これは確かに礼に始まり礼に終わっているけれど、言わんとするのはそういうことではないだろう。
 その心を何か別の言葉で置き換えるなら「よろしくお願いしますに始まり、ありがとうございましたに終わる」だろうか。弓を引く場でも、指導を受ける時、矢取りなど、日常的に見かける光景でもある。これをもっと生活に即して考えるなら「あいさつに始まりあいさつに終わる」だろうか。道場に行った折には「こんにちは」など時間帯のあいさつで始まり「お先に失礼します/お疲れ様でした」と帰る。その言外には「お願いします」と「ありがとう」の気持ちも確かにあって、実際に付け加える人や道場もある。
 礼とは相手あってのことで、他人を通して自分と向き合うことでもあるのかも知れない。子供の頃に聞いた「あいさつなしに入るのは空き巣と同じ、しない・返さないのは幽霊と同じ」という話をふと思い出した。相手に対してしたことは、自分に返ってくるものでもある。それと同時に、始めと終わりをはっきりさせて、その間は他に気を散らさずに取り組むことでもあるのかも知れない。そして礼と礼の間とは、射位に立っているその時のことだろうか、入場して退場する射場にいる間のことだろうか、それとも道場にいる間のことだろうかと、そんなことを考えた。
 ひょっとしたら、その意識を相手がいようがいまいが「行ってきますからただいままで」、もっといえば「おはようからおやすみまで」とさらに広げていくことで、同様にしたり顔で言われる「人間形成」とか「人格の陶冶」といったことにつながるのだろうかと、そんなことも考えた。